ファーガソンはなぜヨーガを必要としたか



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ボディワークは必要か

メイナード・ファーガソンがヨーガを実践してい
たのは有名です。1990年代前半、私(水行末)
はファーガソン楽団と同行する旅を3回行ないま
した(日本で2回、オーストラリアで1回)。

ツアー中は移動バスの中や食事時など、メイナー
ドと直接話す機会がけっこうあります。「私はイ
ンドでヨーギから呼吸法を習っている」と本人の
口から聞いたこともありました。

打楽器奏者の加藤訓子が空手を、ジャズピアニス
トの上原ひろみがカンフーを習っていることを新
聞で読んだことがあります。広島交響楽団は講師
を呼んでアレクサンダーテクニークを学ぶ機会を
設けているそうです。

音楽家がヨーガや武術、アレクサンダーなどのボ
ディワークを練習に取り入れるのはなぜでしょう
か。それはすべての音楽家に必須のトレーニング
なのでしょうか。



練習そのものがボディワークになる

私なりの結論を先に言ってしまうと、音楽家がみ
なヨーガをやる必要があるわけではありません。
武術、座禅、アレクサンダーテクニーク、あるい
ウォーター&ブレス(W&B)もしかりです。


なぜか。

大切なのはワークそのものではなく、それらを支
えている「基本原理」のほうだからです。たとえ
ばヨーガと楽器演奏に共通する基本原理がきちん
と理解できていれば、日常の楽器練習をヨーガに
することができるからです。

もしある奏者のエクササイズがつねに外柔芯剛
なされているならば、メソッドとしてのW&Bはか
ならずしも必要でなくなります。月をさす指(※)
の例で言えば、「外柔芯剛=月」で「W&B=指」
ということになるでしょう。


 ※月をさす指
 「指が月をさすとき、愚者は指を見る」という言葉がある。
 月を仏法に、指を教理にたとえて、文字や言葉のはしばし
 にとらわれて本質を理解しようとしない意味に使われる。
 指は月ではないが、人間はしばしば指にとらわれて月を見
 ない。真実は文字で表現しえない純粋経験である。したがっ
 て言葉の裏側にある非言語情報を見なければならない。



つまり、楽器練習がW&Bの基本原理に乗っ取った
ものであれば、あえてショルダリングもフィッシュ
スイムもやる必要はないのです。



ヨーガとはなにか

ヨーガにかぎらず、あらゆるボディワークのめざ
す境地は、おそらく「自然な」心身でしょう。私
たちは人間として生きていくうえで、いろいろと
不自然なことをしている。それを自然な状態へ回
帰させるためにヨーガや気功やその他の技法が発
達したのだと考えられます。

そして自然に戻るためには、あえて不自然なこと
をやる。ここにボディワークの第一の逆説があり
ます。たとえばW&Bの「ショルダリング」で考え
てみましょう。

肩を上げた状態(ON)はたいへん不自然な姿勢で
す。ところが「OFF」で肩が落ちると、身体は自然
な状態に一歩近づく。「OFFの後」は「ONの前」よ
りも自然な身体の状態になる(戻る)のです。

またヨーガのアーサナはどれも奇妙に見えます。
しかしそれは、不自然にゆがんだり固まったりし
ている私たちの身体を自然な状態に戻すために、
あえて「超不自然な」ポーズをとると考えれば納
得がいきます。



第二の逆説

第二の逆説は、ボディワークを本当に必要として
いる人ほどその分野への関心が薄いということで
す。きちんと立てていない人は物事の本質を正確
に認識できていない可能性がある。当然の結果と
して、そのような人は立ち方や呼吸を軽視しがち
になります。

逆はかならずしも真ではありません。立ち方や呼
吸に関心が薄いからといって、きちんと立ててい
ないとは限らない。無意識のうちに理想的な立ち
や呼吸ができている天才肌の人はたしかに存在す
るからです。

しかし立ち方や呼吸が悪いままで楽器の練習に取
り組むのは、メンテナンスの悪い自転車をこいで
いるようなもので、無駄な労力が多いばかりか、
時として危険を招きます。

いずれにしても、私たちは現代生活を送るうちに
生き物としての「自然さ」を失っていることだけ
は自覚したほうがよいと言えます。

ヨーガ、気功、ウォーター&ブレスなどは、失わ
れた自然を我が身に取り戻すための「帰り道」を
教える地図あるいはナビゲーターだと考えればよ
いでしょう。

地図や案内なしで帰れる人は、あえてそれらを使
う必要はない。ただし、自分が道に迷っているこ
とに気付いたなら早めに使ったほうがいいですよ
と提言するのが私の基本的なスタンスです。



MFはなぜヨーガを必要としたか

今となっては想像するしかありませんけれども、
メイナード・ファーガソンは、理屈ではなく「身
体の求めに応じて」ヨーガを取り入れたのではな
いでしょうか。つまりそれほど心身の感性が鋭敏
であったということです。

ここにも第二の逆説が生きています。ファーガソ
ンは、おそらく心身のレベルが高く、だからこそ
ヨーガに出会った。そしてますます能力を磨き上
げることができたのでしょう。

しかしヨーガにしても気功や武術にしても、習い
始めればかなりの練習を積む必要が出てきます。
そこには楽器演奏とは関係ないトレーニングもた
くさん含まれています。

そこでW&Bではヨーガや気功のエッセンスを抽出
し、外柔芯剛という一点にフォーカスしたトレー
ニングとして整理しました。楽器練習に少しでも
多くの時間をさきたい音楽家がすぐに始められる
よう、シンプルな体系となっています。